目を閉じるだけが瞑想ではありません。

 

日常でできる‘瞑想的習慣‘のすすめ

 

残りの時間の過ごし方も肝心です。

 

この習慣を改めて意識して取り組めば瞑想同様たくさんの気づきを得られるでしょう。

 

 


考えすぎない。

 

瞑想では雑念が湧いてもそれにこだわらず「流していくこと」が大切です。
それは日常生活においても同じこと。
カルマによる思い癖によってあなたが抱きがちな不安や怒りなど不快な感情が
湧いてきたとき
「自分は今こう思っている。こう反応している」
とただ見つめて放っておくよう心がけます。
すると心に振り回されないニュートラルな自分でいることができます。
誰かの何気ない発言で傷ついたり、落ち込んでしまいそうな時はそっとトイレに行くなどして退席してまともに聞かないようにします。

 

いい言葉は聞いて、悪い言葉は流していくのです。
たくさん悩んだり考えたり気を使ったりするのが良いことのように思われていますがそれは真理ではありません。
そうした観念を手放せば少しずつ心も軽やかになっていきます。

 片付け・掃除

 

寺院に行くと若い修行僧が掃き掃除や拭き掃除をしている姿を見ることがあります。
こうした事は暮らしの基本でもあり同時に修行の基本でもあります
住まいにおいて片付けや掃除を無心で行っていくことは行動の瞑想です。
こうした作業に集中して余計なことを考えない気持ちをダラーナ(精神統一)といい
ヨガのステップの1つと考えます。
それをより純度を高いものにするには「集中しなきゃ」という思いすら手放していくことです。
また片付けや掃除は見方を変えると瞑想そのものとも言えそうです
なぜなら瞑想することは心の中にある執着というガラクタ、ゴミ、埃、汚れにまず気づき手放していくことだから。

  

実際に体が動かしゴミ・ガラクタを手放すことの心地よさを感じれば、瞑想そのものへの意識もおのずと高まっていきます。

 


料理・食事

 

心に煩わされるのではなく、心を上手にコントロールしてクリエイティブな方向に
もっていくことが肝心ですが日常生活においてそれを最も手短なもので実践できるの
が料理です。
ある材料でいかに美味しく美しく作るか、創意工夫を楽しみます。
食べれる人を想いながら作れば、愛情というスパイスも加味されます。
それを感謝とともにいただきます。
食事を目の前にして手を合わせて「いただきます」という行為はそれそのものが一瞬の瞑想タイム。
命をいただき命が生かされているという生命の連鎖。
その感謝を祈り体現しているのです。
そしていざ、美味しいという理屈抜きの感覚が沸き起こればそれは心をクリエイティブに使えた証拠。

 

料理と食事をこんな風に捉え直せば毎日の食事も神聖な行為として感じられるでしょう。

 仕事や創作活動。

 

これらは何かを生み出すための「ワーク」と言い換えられます。
こうしたワークをうまく運んでいくにはいくつかのコツがあります
まず「ねばならない」の思い込みを外して集中すること。
単純作業においてもそうした意識を持つと意思の力が身に付きます

  

気負わず、くつろいだ気分で取り組みましょう。
さらにステップアップすると愛を持ってクリエイティブに行うステージになります。
そのためにはお客さんに入れる一杯のお茶ですら「よく気がつく自分を褒めて欲しい」なのか
「美味しいと思ってもらえるように淹れよう」なのか自分の内側を見ていく必要があります。
これぞまさに瞑想です。
クリエイティブとはジャンルではなく、創意工夫したり相手を思って機転を聞かせるなどの取り組みのこと。
きっと新しい自分に出会えることでしょう。

 知識を余分に増やさない。

 

頭でわかることと実際に自分が体験してわかることとは全く違うことです。
それどころか頭でわかっていたとしても
あなたの中に根深く染み付いているカルマと言う思いグセによって
それができない場合、
ますます「わかっちゃいるけどやめられない」事態を引き起こしかねません。
ただ周りに流されて情報や知識を取り入れても実際にそれが自分の内面の進化に役にたたなければ、
極端に言えば、マインドにゴミを増やしていくようなもの。

 

瞑想とは心の片づけ、掃除です。
情報や知識を選び抜くことが確実に瞑想の手助けになるのです。

寄付・奉仕

 

あなたは寄付や方針対しどんなイメージを持っていますか?
お金や余裕のある人しかできないこと?
あるいは偽善だと非難する人さえいます。
こうした事は日本では少しハードルが高く思われるかもしれません
ところ変わってインドにおいては寄付・ドネーションはごく日常的なことです。
お金は執着の最たるものですからそれを人の役に立つことに捧げていき
エゴを外すことを行動に落とし込むことで真理の道に近づけると考えています。
奉仕においても自分の時間やエネルギーを人のためになることに捧げることで同様です。
ただし「人によく思われたい」「そうあらねばならない」と言う意識で行えばそれはむしろ執着を生むことに。
瞑想とはエゴを外していくプロセス。

 

こうしたエネルギーの法則を人生において活用していきましょう。

歩きながらでも出来るマントラ瞑想

 

ただ唱えるだけで浄まっていく 仏教で言えば真言にあたります。

 

分かっていてもやめられない つい緊張してしまう つい怒ってしまう マントラを唱えて流していきましょう。