ヨガのポーズが動物の形から生まれたのは、


ヨガの始祖であるシヴァ神、


さらにはサマディの深い知恵によるものです。

体の深いところが浄化されて美しくなり、


生理的にもバランスがとれるようになっているのです。

いくら自己流で行っても、マスターの恩恵がなければ変容できません。

     


バクティヨガという信仰のヨガもあります。

 

クリアヨガというエネルギーのヨガもありますし、

 

体のヨガであるハタヨガや後に禅を生むことになったラージャヨガ、

 

チャクラ覚醒法で知られているクンダリーニヨガなどがあります。

 

一般に座禅というのは静かに自分の内側を見ていくわけですが、

 

ヨガの場合、気づきとともに心身魂の全てのレベルを積極的に浄化し、覚醒させ、調和を図ります。

 

あたかも叩けばホコリが出るというように家がお皿に叩いてこねて鳴らすことでカルマを焼いて全部をきれいにして

 

光になっていくという完全な変容のプロセスの体験です。

 

濁った水の入ったコップを静かに置いておくとやがては泥は沈殿していきます。

 

そのようにあなたの内側が静かになると実に多くのものが沈殿していきますから、それらを全部取り除いていくわけです。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

ヨガの座り方にはいろいろあります。

 

正座で座る場合あるいはスカアーサナと言って膝を外に折って座る場合、

 

その足の片方だけ組んで座ったり足の柔らかい人は結跏趺坐を組んだり膝を曲げ

 

肛門のほうに踵をつけてしまったりする座り方もあります。

 

そうやってエネルギーの調整をしているのです。

 

お釈迦様がそういう形で座っているのは瞑想している証拠でありヨガを行っていたのであり深い縁を感じるのです。

 

ヨガはヒンドゥー教の中のヨガ派といわれる一派でもあります。

 

すべての流派の中に何らかの形でヨガが入っています。

 

お釈迦様が生まれたのは紀元前500年位ですがヨガはずっと前紀元前1万年位前マハーバーラタができる以前からあり、

 

仏教よりずっと古いのです。

 

当然お釈迦様もベダンダのなかの実践のヨガを学ばれ、ヨガの業をされて仏教を啓かれたわけですから 仏教がヨガに深い関わりを持つのです。

 

仏教もキリスト教もその後弟子によって解釈が微妙に違いそれぞれにいろいろなグループが現れ

 

どれが本当の仏教なのか、キリスト教なのか、一般の人にはわからなくなっています。

 

それと同じようにヨガにもいろいろなやり方があり、いまはヨガというと多くの場合、

 

健康法のアーサナを行う体のヨガを指すことが多いのです。

 

 

 


 

 

真のヨガはまず人に迷惑をかけない、傷つけないという不殺生の教え、心の平和の教え、

 

執着を取り除く、慈愛の人になるという道徳の教えが根本にあり、

 

さらに人は誰しもその人の環境、宗教、肌の色、カーストが違ってもすべては無限の存在から生まれた同じ魂を持つ存在であり、

 

愛の存在であるとして、エゴを最も嫌う教えなのです。

 

 

 

「超シンプルな悟り方 ヨグマタ相川圭子」より