怒りは生きづらくなっていくのです。

 

 

怒りはその人を疲れさせ人間関係をうまくいかなくさせてしまいます。

 

また自分自身を持て余し、自分との関係もうまくいかなくなっていきます。

 

つまり生きづらくなっていくのです。

 

自分の心の思いにとらわれ、苦しんでいます。

 

人や社会が自分の思いを通してくれなかったことは誰にでもあると思いますが、

 

そのような過去の記憶や今現在の事柄から起こる心のメカニズムの中で苦しんでいるのです。

 

「自分はこんなにしているのにわかってくれない」

 

「自分の気持ちが正しく理解されない」

 

「助けてくれない」

 

などと癇癪を起こして悲しくなったり悔しくなったり、

 

さまざまなものが心に作り出され平和が破られます。

 

思うようにならないと、気分が悪くなり外側の事情が悪く思えるのです。

 

確かにそういう部分もあります。

 

自分一人なら平和なのに、人や仕事に関わることで様々な要求が生まれストレスが生じてきます。

 

心が情報を受け取り感じ考える働きは、大切な機能であり必要なのですが、

 

心はときに無意識で無知という気づきのない状態で働いています。

 

心は欲望や自己防衛により、自分や他人、周りの環境に対応していますが

 

ある部分に執着してこだわるとエネルギーが滞り、怒りがわくのです。

 

怒りは感情のエネルギー

 

 

人は人との出会いや関わりで時にふつふつと感情のエネルギーがわき上がることがあります。

 

心は対象からの何らかの刺激に対して危険だと思うと感情がわきでてきて受け入れられない気持ちになります。

 

自分が危害を加えられそうになり身の危険を感じると自分を守るために

 

エネルギーがわきあがり相手を攻撃する体制を準備します。

 

その気持ちが次第に大きな感情のエネルギーとなってやがて爆発し、相手を攻撃していきます。

 

自分を守るために、言葉で攻撃したり、人によっては直接的に力で戦ったりするのです。

 

そうした感情のエネルギーが怒りです。

 

そのとき、血圧は上がり心臓はドキドキします。

 

ホルモンのアドレナリンがたくさん排出され、攻撃の態勢に入るような状態が発生します。

 

また自分の考えと違う考えが来たとき、それを理解できなかったり、

 

誤解をしたりして受け入れられないために葛藤が起こります。

 

あるいは自分のこうして欲しいという欲望や主張が通らないとき、

 

価値観の違いでその対象に対してエネルギーの葛藤が起きます。

 

そのエネルギーの葛藤が嫌な感覚として認識されます。

 

それは小さな怒りの始まりなのです。

 

はっきりと怒りの形となると人を罵ったり、プリプリとした態度をとったりもするでしょう。

 

また体が緊張してワナワナと震えて怒りを現したりするかもしれません。

 

怒りとは何なのか。

 

怒りについて知っていくことは、自分について知っていくことになり、

 

さらなる豊かさへの道になっていきます。

 

 


外へ向かう怒りと内へ向かう怒り

 

怒りが外に出ているときは、自分の欲望から人に期待し「こうしてほしい」と願っています。

 

親がやってくれたことが当然となっていて、その依存の気持ちを誰かに投影し、

 

周りの人にも同じように期待するのです。

 

それが満たされないとイライラして爆発するのです。

 

周りが見えない人、頑固な人、人の言うことを聞き入れない傾向がある人などが、

 

そうしたい怒りの表し方をする傾向があるようです。

 

こだわりが強く、自分を信じきっている強い人もその傾向が強いといえるでしょう。

 

そうした人がもし違う意見の人とぶつかったときは、自分の考えを曲げることができないため、

 

怒りから相手を説き伏せようとします。

 

自分を守るために勝たなければならないと思っているからです。

 

他の人のためや命を守るためのものもあります。

 

例えば道徳的な正義を貫くいかりや、弱い立場の人を守る攻撃の怒りなどです。

 

もし危険が迫った時、その対象を威嚇して逃げたりあるいは命を守るために攻撃したりケースも同様です。

 

 

自分を責める「内へ向かう怒り」

 

 

私たちは自分に対しても怒ります。

 

誰もが一度は自分の不甲斐なさやいたらなさに対して怒ったことがあるのではないでしょうか。

 

自分の思いにとらわれているために期待した通りにならないとがっかりしてしまい

 

できないことに対する怒りがわいてきます。

 

そういうときの自分は完全ではなく受け入れられないのです。

 

自分の理想にとらわれているから、怒りがわいてきます。

 

それほど自我が強くなくて優柔不断だと、自分の正しさを強く主張するといった怒りではなく

 

できない自分を認められず、自分のせいにして自分自身を責める傾向が強くなります。

 

つまり怒りが内側に向かっているのです。

 

自分を責める怒りは一見美しく見えますが、怒りという意味では自分を苦しめます。

 

そうした様々な形の怒りや否定的な思い感情をコントロールできるような人に成長していくことが必要です。

 

ある人は「自分はダメだ」と自分を否定し自己評価を低くしていきます。

 

それもその人にとっては必要な自分自身を守る方法です。

 

一つの自己防衛の姿です。

 

自分のキャラクターに合わせ、自動的にそうしたあり方を選択してしまいます。

 

「私はこんなに弱い人なのです。良い人なんですよ。だから責めないで下さい。構わないでください」

 

と人に見せているのです。

 

そうしたポーズで自分を守ろうとしている姿です。

 

自分で自分を罰することで、何かから自分を守っているのかもしれません。

 

しかしそれが続いていくとやがてそれからも逃げて無気力になり「うつ」になってしまいます。

 

自分に向けられる怒りであっても自分を弱く見せることでエゴを満足させているのです。

 

その動機は弱い自分を守るためなのです。

 

そこでは逆に自己を否定して生命力を弱め大切なものを失っていくのです。

 

このように人に依存し、さまざまな問題を抱え込むカルマの人がいます。

 

相手が自立するようなサポートができれば良いのですが、自分が物分かりの良い「いい人」をやっていると

 

そうした依存を受けるエネルギーとなって問題を呼び込んでしまいます。

 

そうした人たちがお互いに面倒を見たり、見られたりという依存する関係ができています。

 

お互いに引き合う心を持っているのです。

 

相手が努力しなくなるようなカルマは浄化していき、気づきを持ってエゴを排除して関わるのがいいのです。

 

何でも親切にすればいいということではありません。

 

お互いにエネルギーを奪い合う様々な依存が起きたときは、

 

あとで双方がどうにも収拾がつかなくなり、苦しむ関係になるのです。

 

それが双方がダメになる形態です。

 

私のサマディからの知恵ではバランスをとることが大切であると導いています。

 

 

※自分を責める怒りは自分へのゆるし

 (略)

 

※自分への怒りが才能を引っ込めさせる

(略)

 

 

 


怒りを受けるカルマ

 

 

エネルギーは強い人から少し弱い人に向かって流れていきます。

 

上司など相手が自分より地位が上の場合は、たとえ怒りがあったとしても直接的に表す事は無いかもしれませんが、

 

自分より少し弱い立場の人には攻撃としてエネルギーを外に吐き出しやすくなりがちです。

 

もし怒りをあちらこちらに吐き出す人がいたら神経とエネルギーが乱れています。

 

また怒りの矛先を向けられてしまう人は、たとえ無意識であってもその怒りに同情して理解を示しています。

 

なぜならその怒りと同じエネルギーを持っていてそれを引き受けるカルマを持っているからです。

 

自分がいい人に思われたいために、引き受けるカルマを持っているのです。

 

そうしたカルマを浄め、修行して、怒りを引き受けない人になっていかなければなりません。

 

 

 

対象のない怒り、見えない怒り=「抑圧」しるし

 

ときとして漠然と「何か面白くない」こういう感情持つことはないでしょうか。

 

具体的な対象がなくても何か大きいものに怒りを向けているのかもしれません。

 

社会というものに対しする怒りもあるでしょう。

 

この世界の矛盾に対する怒りかもしれません。

 

これらは対象のない怒りと言えると思います。

 

気づきがないため何が原因なのか分からずに気分が悪くなることがあるのです。

 

それが誰なのか人であるのか、何かの言葉か、エネルギーか、生きていくことに対してか、

 

何か具体的な対処がわからないのです。

 

そうした心にはいつも何か不平不満ややり場のない気持ちがあるのかもしれません。

 

見えない怒りには、怒りが抑圧されている場合があります。

 

そこにはまだ怒りになっていないさまざまな怒りもあるかもしれません。

 

怒りに発達する前に巧妙にそれを抜け出して楽になろうとしているのです。

 

私たちはもっと気づきと理解を深めることで、平和になっていくことができます。

 

 

何にイライラしているのかに気づいていく

 

私たちは平和を破る何かにイライラしています。

 

相手に何か決定的な悪意があるわけではなく、自分の捉え方でイライラしているのです。

 

こうありたいという願いが聞き入られない状況が発生するとイライラが始まります。

 

例えば何か探していてそれがなかなか見つからないと平和が破られ落ち着かない気持ちが起きてきます。

 

自分の心を調教していかない限り、こうしたイライラにいつも出会っていかなければなりません。

 

心を訓練していない人はそうした心を抱え続けて生きていくのです。

 

 そこでなぜイライラするのか、何にイライラするのかに気づいていく必要があります。

 

気づくことで、もっと平和で寛容な心に成長したいと願うようになります。

 

生きることにはさまざまな刺激がありそれぞれの人がそれぞれに生きています。

 

すべての人に生きる権利があります。

 

すべてが自分中心で回っているわけではありません。

 

それぞれの人がそれぞれの状況で生きています。

 

人がさまざまなことを見て「ああだ、こうだ」と思いを持つことは致し方ないのかもしれませんが、

 

さらに進化することで こうした心の反応を変えていくことができます。

 

嫌うのではなく学ぶことができるのです。

 

 

妬みも怒り

人が自分にないものを持っていると、うらやましいという気持ちがわきます。

 

それがさらに高じて「相手が持っているのに自分は持っていないなんて」と悔しさが生じ、

 

相手を妬ましく思うようになります。

 

怒りになっていく前兆です。

 

この心がストレスを呼び起こしていきます。

 

特に競争社会の中で育っていると、人と比較をし、自分が劣っていると思うとみじめで幸せでない感情がわき上がったりします。

 

相手に対するジェラシー、嫉妬が起きるときもあるでしょう。

 

自分にない物や才能を相手が持っていると、それを持っていない自分が幸せでないと勘違いするのです。

 

それらは不幸な気持ちとなり、羨ましがったりねたんだりする土壌になっていきます。

 

これは怒りの変形です。

 

一見怒りとは見えなくても、ひとつの怒りのかたちなのです。

 

人は無意識に周りを見ていて、本人も気づかないところでいろいろな心が働いています。

 

人との違いを発見するのです。

 

それは感覚の本来の働きです。

 

感覚は識別をします。

 

自分を守るために外に何があるか、区別をして知らせるのです。

 

しかし良い悪いと判断したり、好き嫌いと判断したりするのは自分の価値観です。

 

あなたが「優れていなければダメなのだ」という価値観にとらわれすぎていると、

 

比較をして自分が劣っていると判断し、不幸な感覚がやってきます。

 

必ず優劣を思い、自分が優位であると安心してそうではないと心の平和が破られ落ち込みます。

 

負け続けると、幸せでない感覚から小さな怒りが発生します。

 

それが陰湿であると外にこそ具体的にでなくても、嫉みになったりチクチクとした相手への皮肉になったりするかもしれません。

 

攻撃的な怒りとは違いますが、何か平和が破られる、落ち着かないエネルギーです。

 

このような心のメカニズムを知ることは、成長をするために欠かせません。

 

自分がなぜそうした心を持つのか、心の性質を知るのです。

 

「心の気づきの発見」とは、そうした自他を断定するためのものではなく、

 

エゴに気づくための気づきといえるでしょう。

「他人のせいにする」時にある怒りの正体

優越感の中にある怒り

正義感ゆえの怒りを成長するための道具にする

智慧ある人に生まれ変わるための方法

怒りのエネルギーを幸せに変える(宝島社)ヨグマタ
怒りのエネルギーを幸せに変える(宝島社)

イライラ 妬み ジェラシー 恨み 卑屈な気持ち・・・

誰にでも自分が気づかない隠れた「怒り」の心が存在します。

 

そういった負の気持ちも人間の発するエネルギーのひとつ。

心は自分を守るために何かを心配したり、だんまりを決め込んだり攻撃したりもします。

 

それを自分でコントロールしプラスのエネルギーに転化させ誰からも愛されるためにはどうしたらよいか―― 高度5千メートルを超えるヒマラヤで究極の悟りを開きインド政府公認のヒマラヤ大聖者・ヨグマタが怒りを客観視して静める極意を伝授します。

怒りを鎮める特製「タラのヤントラ」ステッカーも特別封入。

 

本書目次より

 

◆はじめに 怒りは心がつくるもの

 ◆第1章 なぜ怒ってしまうのか

 ◆第2章 怒りのエネルギーとは

◆第3章 怒りやわだかまりを手放す

 ◆第4章 手放した先にあるもの

 

読者の感想より

■こんなにも深く、揺り動かされ、掴まれた本は初めてでした。

読み終えて、微かですが確かに、自分の中に希望が灯ったのを感じています。

(岡山県)

 

■何かがうまくいかないストレスを感じていましたが、

この本を読んで「自分への怒り」が人生の障害になっていることに気づきました。

不満や不安ではなく、感謝を持って生きることについて考えなおす機会をいただきました。

ありがとうございました。

(香川県 男性)

 

最近、自分の中の未浄化な感情に振り回され苦しんでいました。

この本で自分が本当に求めているものを思い出させて頂きました。

ぜひヒマラヤ大聖者の教えを請い、本当の自分に立ち返りたいです。

(熊本県 男性)

 

■自分が怒りで充満してることに気づきました。

すべてのうまく行かない原因だと思いました。

この怒りを何とかしたいと切に願っています。

(埼玉県 40代 男性)

 

■どうしても怒りの感情をコントロールできなくて苦しんでいました。

この本に出会い自分は変われるかもしれないと思い心が動きました。

(東京都 女性)

 

■日常の中でちょっとしたことにイライラしてしまうので、

そんな自分をなんとかしたいと思って読みました。

そのような怒りの思いは、自分を守りたい心から来ることを知り、

怒りを手放す境地まで霊格を向上させたいと思っております。

(長野県 男性)